2023/09/11
このたび新郎の敦史君の東都大学経済学部経済学科の友人であり、幼なじみの友人代表として、私、高橋邦夫が、祝辞の言葉を述べさせていただきます。
敦史くんとは、神奈川県鎌倉市の材木座海岸の近くに住んでいたこともあって、小さいころから良く遊んでいました。彼は小さいときは釣りが大好きで、秋と冬はよく材木座海岸で投げ釣りをしていました。彼が大物のシロギスを釣ったときの目の輝きは今でも忘れられません。中学と高校は、敦史くんは横浜の私立の中高一貫校に進学し、ぼくは地元の中学に進学しました。中学からはお互い野球部に所属し、敦史君と私も遊撃手として日々がんばってきました。夏の高校野球神奈川県大会では、敦史君の高校と私の高校が準決勝で対決することになり、そのときお互いショートを守っていました。試合は0-0のまま10回裏までいったとき、2アウト2塁3塁で打順は敦史君に回ってきました。敦史君は、ぼくの守備位置へ、強い打球を打ち、私はエラーをしてしまいました。これで敦史くんの高校はサヨナラ勝ちし、決勝戦へ進みました。私は、試合終了後、横浜スタジアムの3塁側ベンチで泣きじゃくっていたとき、敦史君は、私のところまでわざわざ来て、「お前の分も頑張って甲子園行って来るから。これから一生の付き合いなんだぞ。この時間を忘れることのない、大切な記憶として残しておこう。」と励まされ、本当に敦史くんは、ぼくとある意味「運命の糸」で結ばれているんだと強く実感しました。敦史くんは、本当に人間を愛せるすばらしい人格の持ち主です。
高校卒業後、偶然にも私と彼は東都大学経済学部経済学科に進学し、運命を感じました。友人の絆というのは、ずっと大切につながって行くのかと本当に実感したときでした。彼も私も大学では硬式野球サークル「アイビー」に入りました。私は二塁手、敦史くんはショートでした。サークルも楽しかったし、敦史くんと野球を楽しむ4年間を過ごしました。
そして大学2年生のときに、新入生としてサークルにマネージャーとして入ってきた恵子さんと、運命的な出会いをしたわけです。彼も恵子さんも、非常に明るく、そして美男美女で、サークル内だけでなく、大学中でうわさになるほどの、本当にうらやましいカップルでした。
そして、大学卒業後、私は大手旅行代理店へ、そして敦史君は大手広告代理店に入社し、恵子さんは、スターアライアンス航空の客室乗務員として、活躍し続けてきました。お2人は忙しい日々を送りながらも、二人で合う時間を必ずキープすることを大切にしていました。
恵子さんは今現在、国内線の乗務員で、日本各地を行き来していますが、敦史君は、休みの日必ず、彼女の滞在先まで行って、彼女を大切にしていましたね。こうやって、二人は愛というものをはぐくんできたわけです。
そして大学を卒業して、7年と3ヶ月がたった今日、敦史くんと恵子さんは、こうやって、結婚することができたのです。友人として、こんなに理想形のカップルはいませんと断言します。今後ともお幸せに、とここでスピーチを終わらせようと思ったのですが、最後にお2人へ、そして会場にいる皆様に申したいことがあります。
敦史くんと恵子さんは、さきほど述べたとおり「愛し合っている」わけです。では、この「愛」とはいったい何なのかということをここで簡潔に述べさせていただきます。
「愛」は、ときとして自身の思いを一方的に表現する場合があります。たしかにこれも一種の「愛」なのかもしれませんが、「愛」の本質ではありません。「愛」とは、「互いに人生を終わるまで、何があろうとも信頼しあうこと」に本質があるのではないでしょうか。このことを肝に銘じておけば、「愛」は崩れ去ることは絶対にないと思います。お2人にも、会場の皆様方にも、この本質を忘れて欲しくないと思っております。
最後にやや抽象的な話をしてしまいましたが、この言葉を持って、友人代表の挨拶を締めさせていただきます。敦史君、恵子さん、「愛」の本質を忘れずに、末永く、お幸せにお過ごし下さい。
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